クロノス・クラシックス NO.12

ロシア19世紀末の1895年、チェーホフは『かもめ』を、ラフマニノフは『交響曲第1番』を書いていた。『かもめ』は翌年サンクトペテルスブルクで初演されたが、演劇史上類例がないほどの大失敗に終わった。他方、ラフマニノフの交響曲は、その翌年、1897年同地で初演されたが、指揮したグラズノフの無理解もあり、これも大失敗に終わった。若干22歳のラフマニノフは自信喪失し、神経衰弱となり作曲に手がつかなくなった。いずれも近代的な個人の内面的心理を描いており、古い帝政の黄昏(たそがれ)と新時代への予感を感じさせる作品だが、帝都の人々は理解しがたかった。

しかし時代は動く。帝政ロシアの危機は、1905年の日露戦争敗北と血の日曜日事件、そして戦艦ポチョムキンの反乱へと大きく展開していくエネルギーを蓄え出していた。初演から2年後の1898年、モスクワ芸術座の再演により『かもめ』は大成功した。他方ラフマニノフは、マモントフオペラの指揮者となり、シャリアピンと出会い親交を結び、ともにヤルタにいるチェーホフに会いにいく。チェーホフはラフマニノフの才能を褒(ほ)め、彼を励ました。また精神的な傷を癒すため、催眠療法を行う精神科医のダーリ博士の治療を受ける。こうしたプロセスのなかで、作曲への意欲を回復したラフマニノフが、20世紀初頭の1900年から翌年にかけて作曲したのが『ピアノ協奏曲第2番』であり、1901年作曲者自身のピアノで初演され、見事な大成功をおさめた。

チャイコフスキーの影響を受けているラフマニノフのロマンティシズムはより感傷的で哀愁に満ちているが、それは19世紀末ロシアの都市での腐敗や社会の行き詰まりに対する切なさと怒りのようにも思われる。この協奏曲の冒頭は、導入部から第1主題の伴奏的な装飾音型に至るまで、ピアノは古いロシア正教の「鐘」を奏でる。古くからの鐘への共感はいくつもの作品となって現れ、そして1915年の感動的なアカペラの『晩祷』に結実する。時代は変わり腐敗は一掃されなければならない。しかし古いものすべてが破壊の対象でなく、新しいものすべてがいいわけではない。こうした心情は、歴史に翻弄(ほんろう)され心傷つく者からみれば、ノスタルジーに満ちた慰めであり癒しだ。そしてその甘美さは新たな希望の萌芽に連なる役割を果たすのであり、生身の人間には必要な世界だと思う。

さて、演奏はクリスツィアン・ツィメルマン。この曲を引くためには、強靭な打鍵力とリリシズムの両方が必要だが、ツィメルマンはそれを兼ね備えている。ラフマニノフの感情のドラマをよく考え抜き、磨かれた一音一音にそれを込めて表現している。

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